先に結論
赤字でも売却できる可能性はあります。買い手は直近の損益だけでなく、赤字の理由や立て直しの余地、顧客・技術・人材・許認可といった経営資源を見て判断します。ただし価格は純資産が軸になりやすく、赤字が長引くほど選択肢は狭まる傾向があるため、余力のあるうちに状況を整理することが大切です。
この記事のポイント
赤字でも買い手が現れることがある理由
会社の売却は、黒字で財務の健全な会社の話だと思われがちです。しかし中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」は、買い手が評価するのは収支や財務の状況だけではないとして、技術力、取引先との関係や商流、従業員、地域や業界での知名度・信用、業歴、店舗網、ノウハウ、許認可などを挙げています。そのうえで、小規模であったり、赤字や債務超過であったりしても、事業の価値を認めて譲り受けを申し出る相手が現れることは十分ありうると述べています。
買い手の側から見ると、その理由が分かります。人材の採用や取引先の開拓、許認可の取得を一から進めるには、時間も費用もかかります。すでにそれらがそろった事業を引き継げば、その時間を縮められます。自社の販路や仕入れ、管理の仕組みと組み合わせることで、単独では難しかった収益の改善を見込める場合もあります。
公表されているデータもあります。日本政策金融公庫が2025年5月に公表した「事業承継マッチング支援」の実績では、2019年度からの累計331件の成約のうち、譲り渡した側の約3割が赤字の企業でした。もっとも、赤字の会社すべてに相手が見つかるわけではありません。どんな理由の赤字で、会社に何が残っているかによって、見通しは大きく変わります。
買い手が確かめるポイント
ガイドラインは、相手の見つかりやすさに影響する要素として、業種の将来の需要や人手不足の状況、財務状況、有望な販売先や技術の有無を挙げています。さらに、希望する価格、従業員の雇用、経営者の処遇、経営者保証の扱いといった売り手側の条件によっても難しさが変わるとしています。赤字かどうかという一点より、こうした要素の組み合わせで見通しが決まると考えるほうが実態に近いでしょう。
関心を持った買い手は、交渉の途中でデューデリジェンス(買い手が行う詳しい調査)を行い、決算書の数字の裏付けや、書類からは見えにくいリスクを確かめます。赤字の会社では、次のような点がとくに注目されます。
- 赤字の理由と、それが今後も続くかどうか
- 部門・店舗・主な取引先ごとの損益
- 取引や技術が社長個人に頼りすぎていないか
- 要となる従業員が引き続き働けるか
- 負債や未払い、経営者保証の状況
- 許認可や主要な契約を引き継げるか
- 資金繰りがいつまで持つか
一過性の赤字と構造的な赤字の違い
買い手がまず知りたいのは「なぜ赤字なのか」です。その前提として、決算書の赤字と、事業が生み出している現金は同じではない点を押さえておきましょう。たとえば設備の多い会社では、営業利益に減価償却費を足し戻した「償却前の利益」(EBITDA)で見るとプラスということもあり、中小企業庁の資料でも、中小M&Aの価格の考え方の一つとしてEBITDAを用いる方法が紹介されています。
赤字は原因によって、特定の出来事で一時的に生じたものと、事業の仕組みから生じているものに大きく分けられます。前者は原因がなくなれば収益が戻る見込みを示しやすく、後者は立て直しの具体策とあわせて説明することが求められます。ただ、構造的な赤字でも、部門や店舗に分けてみると利益の出ている事業が見つかることがあり、それだけで道が閉ざされるとは限りません。代表的な例を並べると次のとおりです。
一過性の赤字(例)
- 新店舗や設備への投資直後の費用増
- 退職金・災害・取引先の倒産などによる一度きりの損失
- 一時的な原材料高や休業
- 原因がなくなれば収益が戻る見込みを示しやすい
構造的な赤字(例)
- 主要な取引先や客数の減少
- 値上げできない原価・人件費の構造
- 時代に合わなくなった商品や販売方法
- 立て直しの具体策とあわせた説明が必要
価格はどう決まる?純資産と「利益の上乗せ」
中小企業庁の参考資料「中小M&Aの譲渡額の算定方法」によると、中小M&Aでは、決算書の純資産をもとにする方法、不動産などを時価に置き直した純資産をもとにする方法、似た上場会社の指標と比べる方法などで算定した金額を基に、価格を交渉することが多いとされています。純資産に数年分(通常1〜3年)の利益を上乗せする場合もありますが、算定額がそのまま価格になるわけではなく、最終的には当事者が合意した金額が譲渡額になります。
この考え方に当てはめると、上乗せする利益のない赤字の会社は、純資産が評価の中心になりやすいことが分かります。資産を時価で見直しても負債のほうが大きい、実態としての債務超過であれば、株式に値段がつきにくく、借入の整理などを組み合わせた検討が必要になることもあります。反対に、帳簿の上では債務超過でも、時価で評価し直すと資産のほうが多かったと分かるケースもあると、ガイドラインは述べています。
赤字の会社には、税務上の「繰越欠損金」が残っていることがあります。青色申告をしている法人が、過去の赤字を一定期間(2018年4月1日以後に始まった事業年度の分は10年)、後の年度の黒字と相殺できる仕組みです。これに関心を示す買い手もいますが、支配関係が変わってから5年以内に従来の事業をやめるなど一定の場合には使えなくなる制限があり、会社の区分によって控除できる上限も異なります(国税庁)。評価に織り込めるかどうかは、税理士の確認が前提です。
価格だけで結果を判断しないことも大切です。従業員の雇用や取引先との関係が続くこと、経営者保証の扱いが整理されることも、売り手にとっては大きな意味があります。ただし、経営者個人の連帯保証は株式を譲っただけでは解除されず、最終的には金融機関の判断になります。中小企業庁の資料は、M&Aの成立前の早い段階から保証先の金融機関に相談することや、最終契約で保証の解除を買い手の義務として位置づけることなどを示しています。
赤字が続いているときに知っておきたいこと
2期、3期と赤字が続くと、純資産は少しずつ減り、資金繰りの余裕も失われていきます。中小M&Aガイドラインは、決断が遅れるほど選択肢は狭まる傾向にあり、業績がよくない場合は資金繰りが尽きて身動きが取れなくなるケースや、廃業の費用すら用意できなくなるケースもあると注意を促しています。希望に合う相手との出会いには、通常は数か月から1年程度かかると見込まれている点も見落とせません。
ガイドラインの参考資料には、対照的な二つの事例が載っています。3期続けて経常損失を出していたホテル会社が、丁寧なサービスや人材の質を評価されて株式を譲渡した例と、2期連続の経常赤字のあとに決断が遅れ、資金繰りが急に悪化した小売の会社が、当初の提示よりかなり低い金額で事業を譲り渡すことになった例です。
会社全体を引き継ぐことが難しくても、利益の出ている店舗など一部の事業だけを早めに譲り渡すことで、事業の一部を残せる場合もあるとされています。黒字化を待ってから動くか、今の状態のまま相手を探すかは、資金繰りがいつまで持つかとあわせて判断することになります。
まず何から始めるか
最初の一歩は、赤字の原因を数字で示せるようにしておくことと、資金繰りの見通しを確かめることです。そろえる資料や整理の手順は「赤字会社の売却前に整理しておきたいこと」にまとめています。
相談先は民間の仲介会社に限りません。国が全国に設けている事業承継・引継ぎ支援センターは、M&Aに限らず事業承継に関する幅広い相談を無料で受け付けています。借入の返済が重く立て直しも視野に入るなら各都道府県の中小企業活性化協議会、経営全般のことならよろず支援拠点といった公的な窓口もあります。仲介会社に一度断られた場合の考え方は「M&A仲介会社に断られた赤字の会社へ」で解説しています。
よくある質問
Q. 黒字になるまで待ってから売却したほうがよいですか?
A. 改善の成果が数字に表れれば評価が上がる可能性はありますが、改善には時間がかかり、その間に資金繰りが苦しくなれば条件を選べなくなるおそれもあります。立て直しと相手探しは並行して進めることもできるため、資金がいつまで持つかを確かめたうえで、公的な窓口や専門家と一緒に時間軸を決めるのが現実的です。
Q. 赤字の会社を売った場合、手元にはどのくらい残りますか?
A. 会社ごとに大きく異なるため、一概には言えません。株式の対価は純資産を軸に決まりやすく、仲介会社などへの手数料や税金も差し引かれます。対価の受け取り方(株式の代金か、役員退職金かなど)によって税金の扱いも変わるため、見込みを立てる段階で税理士に確認しておくと安心です。
Q. 赤字に加えて債務超過でも、売却を検討できますか?
A. 検討できる可能性はありますが、借入の返済条件の見直しや、金融機関の同意を得て債務を整理する手続きを組み合わせることがあり、弁護士や中小企業活性化協議会が関わる場合もあります。負債が大きいときの進め方は、関連コラムの負債・債務超過の記事で詳しく解説しています。
参考にした公的な情報
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」 https://www.meti.go.jp/files/900016275.pdf
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)参考資料2「中小M&Aの譲渡額の算定方法」」 https://www.meti.go.jp/files/900016261.pdf
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)参考資料4「中小M&Aの事例」」 https://www.meti.go.jp/files/900016263.pdf
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)参考資料13「中小M&A時の経営者保証の取扱いについて」」 https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline/reference/013.pdf
- 日本政策金融公庫「令和6年度「事業承継マッチング支援」実績について」 https://www.jfc.go.jp/n/release/pdf/topics_250512a.pdf
- 国税庁「No.5762 青色申告書を提出した事業年度の欠損金の繰越控除」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5762.htm
※ 本記事は一般的な情報提供であり、個別の状況についての税務・法務・会計の判断ではありません。具体的な判断は、税理士・弁護士などの専門家や公的な窓口にご確認ください。 当窓口は、ご相談の内容に応じて専門家や公的な相談窓口をご案内・ご紹介します(ご相談の仕組みと紹介の方針)。