先に結論
負債がある会社でも、事業そのものに価値を認める相手がいれば、売却(事業の引継ぎ)が成立する可能性があります。ただし債務超過の場合は株式をそのまま売ることが難しく、事業譲渡や債務整理の手続きを組み合わせることもあるため、進め方は弁護士などの専門家と決めていくことになります。
この記事のポイント
「負債があるから売れない」とは限らない
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」は、事業の価値は最終的には譲り受ける側の評価で決まるもので、債務超過だからといって廃業しか選択肢がないとは限らない、という考え方を示しています。評価の対象は決算書の数字だけではなく、技術力、取引先との関係、従業員、地域や業界での信用、許認可なども含まれます。
一方で同じガイドラインは、債務超過の会社でも中小M&Aを実行できる可能性はあるものの、その際には債務整理の手続きを伴うことがある、とも述べています。つまり「売れるかどうか」と同じくらい、「負債を誰がどう引き受けるのか、あるいはどう整理するのか」が大きな論点になります。
なお、ガイドラインでいう債務超過は、帳簿上の数字ではなく、資産と負債を時価で評価し直した実態の貸借対照表で判断するものとされています。帳簿上は債務超過でも、評価し直すと実態は資産超過だったというケースもあると紹介されています。
売却価格はどう決まるのか
中小M&Aでは、帳簿上の純資産を基にする「簿価純資産法」、資産と負債を時価に置き換える「時価純資産法」、似た会社の指標と比べる「類似会社比較法(マルチプル法)」といった方法で価値を算定し、それを基に交渉するケースが多いとされています。交渉の結果、純資産法で出した金額に数年分の利益を上乗せした金額で合意することもあり、最終的な価格は当事者どうしが合意した金額になります。
負債が大きいほど、純資産を基準にした株式の価値は小さくなり、ゼロに近づくこともあります。それでも、収益を生む事業そのものには値がつく場合があり、事業譲渡では事業に対して対価が支払われます。株式の値段が小さいことと、事業に価値がないことは同じではありません。
中小企業庁のM&A支援機関登録制度のサイトには株式価値の簡易計算ツールがありますが、対象は黒字企業の株式譲渡で、赤字や債務超過の企業、事業譲渡などは対象外と明記されています。負債がある会社の評価は、個別の事情を踏まえて専門家に見てもらう必要があります。
純資産から見た価値
- 資産から負債を差し引いて計算する
- 借入が大きいとゼロに近づきやすい
- 株式譲渡の価格に影響しやすい
事業の力から見た価値
- これから生み出す利益の見込みを見る
- 技術・取引先・人材なども評価される
- 事業譲渡では事業そのものに対価がつく
株式譲渡と事業譲渡で、負債の行き先が変わる
株式譲渡は、株主である経営者が株式を相手に譲り渡す方法です。会社そのものは変わらないため、金融機関からの借入も取引上の債務も会社に残ったまま、相手の傘下に入ります。手続きは比較的シンプルですが、帳簿に表れない債務のリスクも引き継ぐため、相手による調査(デュー・ディリジェンス)は詳しくなりやすいとされています。
事業譲渡は、事業の全部または一部について、移す資産や契約を選んで相手に引き継ぐ方法です。移さなかった借入は元の会社に残るため、受け取った対価で返済したり、債権者と話し合って整理したりする必要があります。債務超過の会社では、この形に私的整理や特別清算などの手続きを組み合わせることがあります(仕組みは関連記事で詳しく解説しています)。
どちらの方法でも、借入や担保がある場合は、担保の解除や契約の名義変更について、取引金融機関との調整が事前に必要になることがあります。経営者個人の連帯保証も会社を売っただけでは外れず、保証を移すはずが移さない譲り受け側の存在もガイドラインで指摘されているため、保証の扱いは契約の段階から確認しておく必要があります(詳しくは関連記事で解説しています)。
売却の前に整えておきたい株式と資産
ガイドラインは、中小M&Aを実行するには、最低限、株式と事業用資産の整理・集約が必要だとしています。株式が親族などに分散していたり、所在の分からない株主がいたりすると手続きの大きな障害になるおそれがあり、会社の全株式を譲り渡す場合には、原則として経営者が全株式を持っておく必要があります。株主名簿が正しく整っているか、実際には出資していない人の名義の株式(名義株)がないかも確かめておきましょう。
事業に使う不動産や設備が第三者の名義になっている、担保が設定されている、争いの対象になっているといった場合も、引継ぎ後の事業に支障が出るため確認が必要です。家族経営の会社では、会社の財産と経営者個人の財産がはっきり分かれていないことも多く、そのままでは事業用の資産をスムーズに移せないことがあるため、区分けして整理しておくことが求められます。負債がある会社ほど、担保の付いた資産の扱いは金融機関との調整事項にもなります。
こうした整理は経営者だけでは難しいことも多いため、ガイドラインは、まず顧問税理士などの身近な支援機関に相談し、法的な論点があれば弁護士の助言を得ることを勧めています。整理の過程で見つかった問題点は、後で相手に説明できるよう記録しておくと、交渉の場で慌てずに済みます。
負債がある会社の売却でつまずきやすい点
ガイドラインは、希望する相手とのマッチングには通常数か月から1年程度かかる見込みで、決断が遅れるほど選択肢は狭まる傾向があると指摘しています。業績が悪い場合には資金繰りが尽きて身動きが取れなくなり、廃業の費用さえ用意できなくなるケースもあるとされています。
また、資金繰りが苦しい場面では、時間に追われて譲渡額などの目に見える条件ばかりに注意が向き、契約上の義務や、それが守られなかったときのリスクを正しく評価できなくなるおそれがある、ともガイドラインは述べています。次のような点に心当たりがあれば、一度立ち止まって確認してください。
- 資金が尽きる時期を、資金繰り表で具体的に把握していない
- 借入・保証・担保・未払いの一覧を作っていない
- 金融機関への説明を後回しにしている
- 譲渡額の大きさだけで相手を比べている
- 経営者保証の扱いを決めないまま契約の話が進んでいる
自己判断での資産移動や一部だけの返済は避ける
「会社が危ないうちに財産を家族の名義に移しておこう」「世話になった取引先にだけは先に払っておこう」と考える方もいるかもしれません。しかし民法は、債務者が債権者を害することを知ってした行為について、債権者が裁判所に取消しを請求できると定めています(詐害行為取消請求)。支払不能の状態で、特定の債権者と通じてほかの債権者を害する意図で返済したような場合も、取消しの対象になり得ます。
さらに会社が破産した場合には、破産管財人が、債権者を害する行為や、支払不能になった後に一部の債権者にだけ返済した行為などを、一定の要件のもとで否認し、財産を取り戻すことがあります(破産法の否認権)。善意のつもりの行動がかえって関係者を巻き込むことになりかねないため、資産の処分や返済の順番は、弁護士に相談してから決めることが大切です。
売却の話に便乗した不審な申し出にも注意が必要です。預貯金通帳やキャッシュカードなどを正当な理由なく他人に譲り渡す行為は犯罪収益移転防止法で処罰の対象とされ、2026年7月10日に施行された改正で罰則が引き上げられました。「口座も通帳ごと引き取る」といった話を持ちかける相手とは、取引を進めないでください。
相談の順番と、使える公的な窓口
まずは資金繰り表で、いつ資金が足りなくなるかを把握し、借入・保証・担保・未払いの一覧を作るところから始めると、どの相談先でも話が早く進みます。そのうえで、財務の立て直しや金融機関との調整が必要なら中小企業活性化協議会、会社や事業の引継ぎ先を探したいなら事業承継・引継ぎ支援センター、債務の整理や契約の判断が必要なら弁護士、というように使い分けます。
中小企業活性化協議会は、国がすべての都道府県に設置している公的機関で、相談は無料・秘密厳守です(民事再生や破産を申し立てた後の会社は対象外)。当窓口でも、状況を伺ったうえで、どの専門家や公的窓口に相談するとよいかを一緒に整理しています。
よくある質問
Q. 売却を考えていることは、従業員や取引先にいつ伝えればよいですか?
A. ガイドラインは秘密保持の徹底を重視しており、ごく一部の関係者を除いて、原則として可能な限りクロージング(取引の実行)後、早くとも最終契約の締結後に知らせるべきだとしています。ただし事業譲渡では、従業員の雇用を相手先に移すのに本人の承諾が必要になる(民法第625条)など、一定の段階で説明が欠かせない場面もあります。伝える時期と内容は、専門家と相談して決めてください。
Q. 売却代金で借入を全部返せない場合は、どうなりますか?
A. 返しきれない借入は会社の債務として残り、経営者が連帯保証していれば、個人に請求が及ぶ可能性があります。その場合は、金融機関との話し合いによる私的整理や、特別清算・破産などの法的な手続きと組み合わせて進めることになり、どの方法が適切かは弁護士の判断が必要です。保証については「経営者保証に関するガイドライン」に基づいて整理する仕組みもあります。
Q. 借入先の金融機関には、売却の話をいつ伝えるべきですか?
A. M&Aが成立する前に金融機関へ相談すると、担保の解除や保証の扱いを早めに調整できる一方で、成立しなかった場合も含めて情報が伝わることになります。ガイドラインも、事前相談を選択肢の一つとしたうえで、秘密保持契約を結ぶなど情報の扱いに細心の注意を払うよう求めています。リスケ中など金融機関との関係が特に重要な場合は、伝える時期と方法を専門家と検討してください。
参考にした公的な情報
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」 https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline.html
- 中小企業庁「株式価値簡易計算ツール(M&A支援機関登録制度)」 https://ma-shienkikan.go.jp/stock-value-calculation
- e-Gov法令検索「民法(第424条 詐害行為取消請求、第424条の3、第625条ほか)」 https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- e-Gov法令検索「破産法(第160条・第162条 否認権)」 https://laws.e-gov.go.jp/law/416AC0000000075
- 中小企業庁「中小企業活性化協議会(収益力改善・再生支援・再チャレンジ支援)」 https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/saisei/index.html
- 警察庁「令和8年犯罪収益移転防止法の改正について」 https://www.npa.go.jp/bureau/sosikihanzai/hansyu/houritukaisei.html
※ 本記事は一般的な情報提供であり、個別の状況についての税務・法務・会計の判断ではありません。具体的な判断は、税理士・弁護士などの専門家や公的な窓口にご確認ください。 当窓口は、ご相談の内容に応じて専門家や公的な相談窓口をご案内・ご紹介します(ご相談の仕組みと紹介の方針)。