先に結論
会社の値段に一律の相場はなく、算定した金額をもとに交渉し、最終的には当事者が合意した金額が譲渡価格になります。目安の出し方には、純資産をもとにする方法、利益やキャッシュフローをもとにする方法、似た会社や取引と比べる方法があり、中小企業のM&Aでは純資産に数年分の利益を加えて交渉する例も見られます。
この記事のポイント
評価額は交渉の出発点、価格は合意で決まる
会社の値段に、業種ごとの決まった相場表はありません。中小M&Aガイドライン(第3版)は、評価の手法で算出された金額がそのまま譲渡額になるとは限らず、交渉などを経て当事者同士が最終的に合意した金額が譲渡額になると説明しています。
言葉も整理しておきましょう。「企業価値」は事業全体が生み出す価値を指し、そこから借入金などの有利子負債(手元の現預金を差し引いた純額)を除いたものが、株主にとっての「株式価値」です。株式譲渡で売り手が受け取るのはこの株式価値をもとにした代金なので、同じ事業でも借入が多いほど株式の値段は小さくなります。
純資産から考える(簿価純資産法・時価純資産法)
もっとも分かりやすいのが、貸借対照表の純資産(資産から負債を引いた額)を株式の価値とみる「簿価純資産法」です。手間をかけずに算定できる一方、帳簿の金額と実際の価値が大きく離れている場合や、帳簿に載っていない資産・負債がある場合には、実態を表さないことがあります。
そこで、資産と負債を時価で評価し直し、保険の解約返戻金や退職給付の債務など帳簿に載っていないものも加味するのが「時価純資産法」です。中小企業のM&Aでは、影響の大きい不動産や有価証券などに絞って時価に置き直す「修正簿価純資産法」も多く使われます。帳簿上は債務超過でも、時価で見直すと資産のほうが多いと分かるケースもあると、ガイドラインは述べています。
利益から考える(数年分の利益を加える考え方・DCF法)
会社の価値は、持っている資産だけでなく、これから生み出す利益にもあります。中小企業庁の参考資料「中小M&Aの譲渡額の算定方法」は、純資産で算定した金額に数年分の利益(税引後利益や経常利益など)を加えて譲渡額とする場合があるとし、加える利益の種類や年数は事例ごとに異なり、交渉で決まることが多いとしています。
将来のキャッシュフロー(事業が生み出す現金)の見込みを現在の価値に割り引いて評価する「DCF法」という方法もあります。将来の収益力を反映しやすい反面、事業計画の前提しだいで結果が大きく変わるため、前提となる数字の根拠を確かめることが大切です。
ガイドラインが引用する日本公認会計士協会の整理では、純資産にもとづく方法は客観性に優れる一方で将来の収益力を反映しにくく、将来の利益にもとづく方法はその逆の特徴を持つとされています。実務では、複数の方法で算定した結果を比べて検討するケースもあります。
似た会社・取引と比べる(類似会社比較法)
「類似会社比較法(マルチプル法)」は、似た上場会社の企業価値が利益の何倍かという倍率を当てはめて価値を算定する方法です。中小企業のM&Aでは、営業利益に減価償却費を足した「EBITDA」の倍率を使う方法が多く用いられます。比較的客観性が高い一方、比べる相手の選び方には注意が必要で、株式を売買しにくい中小企業の事情を考えて評価額を割り引くこともあります。
目安を自分でつかむ道具として、中小企業庁の「M&A支援機関登録制度」のサイトには、決算書の数字と業種を入れると、登録支援機関から報告された中小M&Aの実績データにもとづく倍率で、株式価値の参考値を出せる「株式価値の簡易計算」ツールがあります。対象は黒字企業の株式譲渡で、赤字・債務超過の会社や事業譲渡は対象外です。結果はEV/EBITDA、PER、PBRの3つの倍率ごとに示され、計算の方法が違うため大きな差が出ることがあるとも注意書きされています。実際の価格は当事者の合意で決まるため、あくまで目安として使いましょう。
価格を左右するもの
ガイドラインは、買い手が評価するのは収支や財務の状況だけではないとし、技術力、取引先との人脈や商流、優秀な従業員、地域での知名度や信用、許認可などを挙げています。同じ会社でも、買い手の事業と組み合わせたときの相乗効果(シナジー)の大きさによって、買い手が出せる金額は変わりえます。ガイドラインも、交渉を進める中で相乗効果が想定以上に見込めると分かった場合などに、買い手の予算が増えることがあるとしています。
反対に、次のような点は買い手の調査(デューデリジェンス)で確認され、価格や契約条件の調整につながることがあります。早めに把握しておくと、交渉の場で説明しやすくなります。
- 帳簿に載っていない債務(未払残業代、未計上の退職給付債務など)
- 訴訟・紛争や、将来生じうる損害賠償などの偶発債務
- 借入金の額と、経営者保証・担保の状況
- 税金・社会保険料の滞納や、過去の申告の誤り
- 株式の分散や名義株、会社と社長個人の財産の混在
- 社長個人に頼りきった取引関係や、中心となる社員が辞めるおそれ
「売値」と「手取り」は違う
売り手が実際に受け取る金額は、譲渡額から仲介者・FAへの手数料や税金を差し引いた額です。ガイドラインも、売り手の判断により直接影響するのは譲渡額ではなく、手数料を差し引いた受取額だと指摘しています。
税金の扱いは方法によって変わります。個人の株主が株式を売った場合、譲渡益は他の所得と分けて税額を計算し(申告分離課税)、所得税・復興特別所得税・住民税を合わせて20.315%の税率がかかるとされています。事業譲渡では代金が会社に入り、会社の法人税などの対象になります。引退する経営者への役員退職慰労金と組み合わせる方法もあるため、どの形がよいかは税理士に試算してもらいましょう。
代金の一部を分割払いや後払いにすると、見かけの金額は大きくても、買い手の状況しだいで支払われないリスクがあるとガイドラインは注意を促しています。金額と同じくらい、いつ、どう受け取るかも大切です。
また、ガイドラインは、代金の額や従業員の雇用の継続は重要な条件の一つだが、検討すべき条件はそれに限られないとして、希望する条件を明確にし、できる限り優先順位をつけておくことを勧めています。引継ぎのためにしばらく会社に残るか、経営者保証をどう外すかも含めて、何を譲れないのかを決めておくと、価格の交渉にも筋が通ります。
示された評価額の確かめ方
ガイドラインは、評価(バリュエーション)を行う支援機関に、評価の手法や前提条件を事前に説明し、その手法や価格帯が唯一のものではないことを明示したうえで、なぜ適切なのかを具体的に説明するよう求めています。売り手と買い手の双方から依頼を受ける仲介者は、確定的な評価を行うべきではないとされ、簡易に算定した概算額を示す場合も、確定的なものではないことなどを明示する必要があります。過大な評価額を示して契約を促すような広告・営業も禁止されています。
評価額を示されたら、どの方法で、どんな前提(将来の利益の見込み、時価に置き直した資産など)で計算したのかを説明してもらいましょう。中小企業庁の注意喚起の資料にも、譲渡金額の評価手法や前提条件について事前の説明がなかった、という例が挙げられています。納得できないときは、公認会計士や税理士、事業承継・引継ぎ支援センターに意見を求めることができます。
よくある質問
Q. 赤字や債務超過でも、値段はつきますか?
A. 可能性はあります。ガイドラインは、事業の価値は最終的には買い手の評価によって決まり、債務超過だからといって廃業しか選択肢がないとは限らないとしています。ただし、上乗せできる利益が見込みにくいぶん価格の見通しは厳しくなりやすく、借入の整理を組み合わせた検討が必要になることもあります。
Q. 相続税を計算するときの株価と、M&Aの価格は同じですか?
A. 同じになるとは限りません。ガイドラインは、相続税の財産評価のルールによる取引相場のない株式の評価(純資産価額方式)は時価純資産法に似ているとしていますが、税法上の評価とM&Aの価格は目的が異なり、M&Aの価格は買い手との交渉で決まります。目安として使う場合も、税理士に確認しましょう。
Q. 会社で使う土地が社長名義です。価格の話に影響しますか?
A. 影響することがあります。ガイドラインは、会社の財産と経営者個人の財産が分かれていない場合、社長名義で事業に使っている土地などは買い手に売却・引継ぎを行い、会社名義で私的に使っている自家用車などは会社から経営者個人に売却するなどの整理が必要だとしています。最終契約の後に整理すると争いのもとになりやすいため、できるだけ最終契約の前に対象と方法を決めておきましょう。
参考にした公的な情報
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」 https://www.meti.go.jp/files/900016275.pdf
- 中小企業庁「(参考資料2)中小M&Aの譲渡額の算定方法」 https://www.meti.go.jp/files/900016261.pdf
- 中小企業庁(M&A支援機関登録制度事務局)「株式価値の簡易計算」 https://ma-shienkikan.go.jp/stock-value-calculation
- 国税庁「No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1463.htm
- 中小企業庁財務課・M&A支援機関登録制度事務局「昨今の中小M&A市場における動向を踏まえた周知・注意喚起について」 https://ma-shienkikan.go.jp/documents/%E3%80%90%E4%B8%AD%E5%B0%8F%E4%BC%81%E6%A5%AD%E3%80%91%E6%98%A8%E4%BB%8A%E3%81%AE%E4%B8%AD%E5%B0%8FM%EF%BC%86A%E5%B8%82%E5%A0%B4%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E5%8B%95%E5%90%91%E3%82%92%E8%B8%8F%E3%81%BE%E3%81%88%E3%81%9F%E5%91%A8%E7%9F%A5%E3%83%BB%E6%B3%A8%E6%84%8F%E5%96%9A%E8%B5%B7%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6_241030.pdf
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