先に結論
決算や申告をしていない会社は、財務の実態を示す資料がないため、そのままでは買い手や専門家が価値やリスクを判断しにくく、売却の検討を進めるのは難しいのが一般的です。まずは税理士に依頼して、申告していない年度を洗い出し、期限後申告などで数字を整えることが先決です。休眠状態の会社を売買する話や、口座の利用を目的にした取得の話には関わらないでください。
この記事のポイント
決算・申告がないと、なぜ売却の検討が進まないのか
会社の売却では、買い手が事業の中身とリスクを調べたうえで、価格や条件を決めます。中小M&Aガイドラインは、中小企業のM&Aの実務では、専門家を使った本格的な調査(デューデリジェンス)を行わず、売り手の数年分の税務申告書の確認と経営者へのヒアリングだけで調査を終えることもあると説明しています。小さな会社の売買では、税務申告書と決算書がそれだけ判断の土台になるということです。
ガイドラインが、支援機関へ最初に相談する際の持ち物として挙げているのも、直近3年分の申告書と決算書、勘定科目内訳明細書の写しです。これらがない状態では、仲介会社やFA、公的な相談窓口も、会社にどれだけの価値があり、どのような負債やリスクがあるのかを見立てるのが難しくなります。
特に会社ごと引き継ぐ株式譲渡では、会社の法人格がそのまま残るため、帳簿に表れない債務などのリスクが高くなりやすく、より詳しい調査が行われる傾向があるとされています。申告していない年度があれば、本来納めるべきだった税金が会社に残っている可能性があり、買い手はその点を慎重に確認することになります。
決算・申告をしないままにしておくリスク
会社は事業年度ごとに決算をまとめ、それにもとづいて法人税などを申告するのが原則です。申告期限を過ぎてから申告することを期限後申告といい、納める税金のほかに無申告加算税がかかることがあります。期限後申告で納める税金は申告書を出した日が納期限となり、納付の日までの延滞税もあわせて納める必要があります。
無申告加算税の割合は、申告のタイミングで変わります。財務省・国税庁の資料によると、税務署の調査の事前通知より前に自主的に期限後申告をした場合は原則5%ですが、事前通知の後に申告した場合は10〜25%、調査を受けた後に申告した場合や税務署の決定を受けた場合は15〜30%と、納める税額に応じて段階的に重くなります。仮装や隠蔽があれば、さらに重い重加算税の対象です。一方、法定申告期限から1か月以内の自主的な期限後申告で、期限内に申告する意思があったと認められる一定の場合には、無申告加算税がかからない扱いもあります。
法人の場合は、青色申告の承認にも影響します。国税庁の事務運営指針では、2事業年度続けて期限内に申告書の提出がない場合、原則として青色申告の承認を取り消すとしています。青色申告の特典が受けられなくなると、税負担や決算の数字の見え方に影響が出ることがあります。
申告が遅れるほど延滞税は増え、資料を集め直す手間も大きくなります。数字がそろわないまま時間が過ぎることは、売却や引継ぎの検討にとっても不利に働きます。
最初にやること:税理士と一緒に数字を整える
申告が止まっている会社がまず取り組みたいのは、買い手探しではなく、税理士に依頼して数字を整えることです。どの年度の、どの税目(法人税・消費税・地方税など)の申告が出ていないかを洗い出し、帳簿を作り直して決算をまとめ、期限後申告をする、という順で進めるのが基本になります。何年分をどう申告するか、税額がいくらになるかといった個別の判断は、税理士や税務署に確認してください。
帳簿や領収書が十分に残っていなくても、預金通帳の入出金、請求書や納品書の控え、取引先から取り寄せる資料などから、取引を組み立て直せる場合があります。どこまで復元できるかは状況によるため、手元にある資料をまず全部集めて、税理士に見てもらいましょう。
自主的に早く申告するほど無申告加算税の割合は低く抑えられるため、「数字が完璧になってから」と先延ばしにせず、動き出すことが大切です。まとまった税金を一度に納めるのが難しい場合は、その事情も含めて税務署に相談しましょう。
- 1手元の通帳・請求書・領収書・契約書などを集める
- 2税理士に依頼し、申告していない年度と税目を洗い出す
- 3帳簿を作り直し、各年度の決算をまとめる
- 4期限後申告をし、納付の方法を税務署と相談する
- 5以後の決算・申告を期限内に続け、数字の実績を積む
数字が整ってから、売却や引継ぎを検討する
期限後申告で数字がそろえば、支援機関や買い手が会社の状態を見られるようになります。そのうえで、過去に申告が遅れていた事実や、加算税・延滞税を含めた納税の状況は、最初の段階で正直に伝えましょう。ガイドラインも、支援機関に相談するときは、都合の悪い事情ほど早く打ち明けるほうが、課題への手当てを早く検討してもらえるという考え方を示しています。売却や引継ぎの進め方は、公的機関である事業承継・引継ぎ支援センター(相談無料)に相談することもできます。
未納の税金が残っている場合の進め方や、買い手がどのような点を調べるかは、滞納がある会社の売却を扱った記事でも整理しています。事業だけを切り出して譲る方法にも、対象となる財産の特定や許認可の取得などの手続きが伴い、売り手の会社に残る税金の問題がなくなるわけではない点には注意が必要です。
個人事業主で所得税の確定申告をしていない場合も、考え方は同じです。国税庁は、期限内に申告を忘れた場合でも、その事実に気づいたらできるだけ早く申告するよう案内しています。
休眠状態の会社はどう扱われるか
事業をほとんどしておらず、登記も長く放置している休眠状態の会社もあるでしょう。会社法では、最後の登記から12年を経過した株式会社を休眠会社といい、法務省は毎年、休眠会社の整理作業を行っています。法務大臣の官報公告と登記所からの通知のあと、2か月以内に必要な登記の申請か「まだ事業を廃止していない」旨の届出をしないと、解散したものとみなされ、登記官が職権で解散の登記をします。
みなし解散の登記のあとでも、3年以内であれば株主総会の特別決議で会社を継続できるとされています。また法務省は、役員の変更などの登記を怠ると、代表者などが100万円以下の過料に処される可能性があることにも触れています。休眠状態の会社を今後どうするか(事業を再開するのか、清算して閉じるのか)は、税理士や司法書士、弁護士に相談して決めましょう。
法務省は、整理作業を行う理由として、登記の信頼性に加え、休眠会社が犯罪の手段とされかねないことを挙げています。休眠状態の会社を「設立年数が古い」「法人口座がある」といった理由で売買する話には、関わらないでください。
口座の利用が目的に見える取得には応じない
会社そのものではなく、会社名義の預金口座を使うことが目的に見える話には応じないでください。通帳やキャッシュカード、ネットバンキングのログイン情報などを、見返りを受けて正当な理由なく他人に渡したり、なりすましに使われると分かっていながら渡したりする行為は、犯罪収益移転防止法の処罰の対象です。
その罰則は、2026年7月10日に施行された改正で重くなりました。こうした譲渡を持ちかける勧誘や、広告を使った誘いかけも処罰されます。「口座付きの会社を買いたい」「通帳とカードを先に渡してほしい」と求められたら取引をやめ、口座のある金融機関か警察署に相談しましょう。
よくある質問
Q. 何年分さかのぼって申告すればよいですか?
A. 申告していない期間や事情によって異なるため、一概には言えません。手元の資料を税理士に見てもらい、どの年度・どの税目から整えるかの優先順位と、全体にかかる期間や費用の見通しを出してもらいましょう。売却の相談を始める時期も、その見通しをもとに決めると無理がありません。
Q. 申告していない年度があることを、買い手に伝えずに進めてもよいですか?
A. 避けてください。買い手は調査で税務申告の状況を確認するのが通常で、後から分かると信頼を損ない、契約の見直しや補償の問題につながるおそれがあります。最終契約では、売り手が会社の状況について「事実と相違ない」と約束する表明保証を求められることもあります。
Q. 休眠している会社を、知人が「買いたい」と言っています。
A. 相手が何のために会社を必要としているのかを確かめずに応じるのは避けてください。事業の実体がない会社の売買は悪用されるおそれがあり、通帳やカードなどの引き渡しを伴えば犯罪になりえます。事業を再開するのか清算するのかも含めて、税理士・司法書士・弁護士に相談してから判断しましょう。
参考にした公的な情報
- 国税庁「No.2024 確定申告を忘れたとき(タックスアンサー)」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2024.htm
- 財務省「加算税制度の概要」 https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/tins/n04_3.pdf
- 国税庁「法人の青色申告の承認の取消しについて(事務運営指針)」 https://www.nta.go.jp/law/jimu-unei/hojin/000703-3/01.htm
- 法務省「休眠会社・休眠一般法人の整理作業について」 https://www.moj.go.jp/MINJI/minji06_00082.html
- 警察庁「令和8年犯罪収益移転防止法の改正について」 https://www.npa.go.jp/bureau/sosikihanzai/hansyu/houritukaisei.html
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」 https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline.html
※ 本記事は一般的な情報提供であり、個別の状況についての税務・法務・会計の判断ではありません。具体的な判断は、税理士・弁護士などの専門家や公的な窓口にご確認ください。 当窓口は、ご相談の内容に応じて専門家や公的な相談窓口をご案内・ご紹介します(ご相談の仕組みと紹介の方針)。