先に結論
事業に価値があれば、税金の滞納があっても売却を検討できる可能性はあります。ただし滞納は会社の債務として残り、売却によって消えるものではありません。まず税務署に納付の相談をして猶予の制度が使えるかを確かめ、滞納の状況を隠さずに示したうえで、専門家と売却の可否や方法を検討するのが現実的な順番です。
この記事のポイント
まず取れる手続き:税務署への相談と2つの猶予制度
法人税や消費税、源泉所得税などの国税を納期限までに納められないときは、まず所轄の税務署の徴収担当に電話で相談するよう国税庁は案内しています。一時に納めると事業の継続が難しくなる場合などには、申請によって原則1年以内の期間、納付を猶予してもらえる制度があるからです。猶予は自動では適用されないため、申請が必要です。
中心となるのが「換価の猶予」です。一時に納めると事業の継続や生活の維持が難しくなるおそれがあること、納税について誠実な意思があること、猶予を受けたい国税のほかに滞納がないことなどが要件で、納期限から6か月以内に申請します。認められると猶予期間中は分割で納めることになり、延滞税が軽減され、財産の差押えや換価(売却)も猶予されます。
もう一つの「納税の猶予」は、災害や病気、やむを得ない事業の休廃業、事業の著しい損失といった事情によって一時に納められない場合の制度です。どちらも原則として担保が必要ですが、猶予を受ける金額が100万円以下、猶予の期間が3か月以内、提供できる担保がない、のいずれかに当たれば不要とされています。
すでに滞納になって6か月を過ぎていても、税務署長の職権による換価の猶予を受けられる場合があります。なお、住民税や固定資産税などの地方税は都道府県・市区町村、厚生年金保険料などは日本年金機構、労働保険料は都道府県労働局と、猶予の相談窓口はそれぞれ異なります。
売却するなら:滞納はどこに残り、代金は誰に入るのか
会社の売り方は大きく分けて、株主が持ち株を譲り渡す「株式譲渡」と、会社が設備や取引先との契約などの事業を切り出して譲り渡す「事業譲渡」があります。どちらを選んでも、滞納が売却によって消えることはありません。違うのは、滞納がどこに残り、売却代金を誰が受け取るかです。
株式譲渡では会社そのものは変わらないため、滞納も延滞税も会社に残り、株主が替わった後の会社が納めていくことになります。代金を受け取るのは株主(多くの場合は経営者)なので、その代金がそのまま会社の滞納の支払いにあてられるわけではありません。買い手は滞納を会社ごと引き受けることになるため、その扱いは価格や契約条件の中で決めることになります。
事業譲渡では、滞納は売り手の会社に残り、代金も売り手の会社に支払われます。代金を滞納の納付にあてる計画は立てやすい一方、譲渡そのものにかかる税金もあるため、手元にいくら残り、それで滞納を解消できるのかを税理士に試算してもらってから判断することが欠かせません。また事業譲渡は、引き継ぐ財産を選べる反面、財産の特定や登記などの手続き、許認可の取得といった作業が必要になる方法でもあります(中小M&Aガイドライン)。
株式譲渡
- 株主が持ち株を譲り渡す
- 会社は変わらず、滞納も会社に残る
- 代金を受け取るのは株主
- 買い手は滞納も含めて会社を評価する
事業譲渡
- 会社が事業を切り出して譲り渡す
- 滞納は売り手の会社に残る
- 代金は売り手の会社に入る
- 譲渡にかかる税金も見込んで計画する
滞納は隠さず、最初に伝える
滞納があることは、売却の相談の最初の段階で伝えるのが前提です。中小企業庁の中小M&Aガイドラインも、支援機関に相談する際は、自分にとってマイナスな情報や後ろめたい情報ほど先に伝える姿勢が望ましいとしています。早く分かるほど、支援する側も対応策を考えやすくなるためです。最初の相談には直近3年分の税務申告書・決算書・勘定科目内訳明細書の写しがあれば十分とされているので、滞納の一覧とあわせて用意しておきましょう。
買い手側は、税理士や弁護士などの専門家に依頼して行う買収前の調査(デュー・ディリジェンス)で、税務や労務の状況を確認します。国税を完納するまでは「未納の税額がないこと」を示す納税証明書(その3)の交付を受けられないため、滞納は書類の面からも明らかになります。
最終契約には、売り手が一定の事実を真実だと約束する「表明保証」の条項が置かれることがあり、内容が事実と違えば損害賠償や契約の解除につながりえます。滞納を伏せたまま契約すれば、売却の後に大きなトラブルを抱え込むことになりかねません。
「事業だけ移して滞納を置いていく」は通用しない
「事業を別の会社に移せば、滞納は古い会社に置いていける」と考えるのは危険です。国税徴収法には、滞納している会社が、支配株主やその生計を一にする親族、支配株主の別会社といった特殊な関係にある相手に事業を譲り、その相手が同種・類似の事業を続けているときは、譲り受けた財産の価額の範囲で相手が納税義務を負う「第二次納税義務」の定めがあります(38条)。
財産を無償や著しく低い価額で譲った場合も、受け取った側が納税義務を負うことがあります(39条)。さらに、差押えなどから逃れるために財産を隠すといった行為は、滞納処分免脱罪という犯罪になりえます(187条)。売却は、適正な対価と手続きで、滞納の納付計画とセットで考えるものです。
廃業を選んでも、滞納は残る
売却をあきらめて会社をたたむ場合も、滞納が消えるわけではありません。会社を解散して清算するときは、税金を含む会社の債務を払った後でなければ、株主に財産を分けることはできません(会社法502条)。税金を納めないまま残った財産を分けると、清算人や分配を受けた人が第二次納税義務を負うことがあります(国税徴収法34条)。
財産で債務を払いきれない見込みなら、特別清算や破産といった裁判所の手続きを検討することになり、弁護士への相談が欠かせません。一方で、会社全体では赤字でも、黒字の部門や店舗だけを譲り渡し、その対価を残りの整理にあてる方法が検討されることもあります(中小M&Aガイドライン)。
廃業か売却かは、それぞれの場合に手元に残るものと、会社や経営者に残る負担を並べて比べたうえで判断することが大切です。借入れの連帯保証など、滞納以外の負担もあわせて整理しておきましょう。
誰に、どの順番で相談するか
滞納の整理と、売却や廃業の検討は、「滞納を片付けてから」と順番待ちにせず並行して進めるほうが、選択肢を残しやすいと考えられます。ただし、最初に動くべきは納付の相談です。換価の猶予の申請期限は納期限から6か月以内で、延滞税も納めるまでの日数に応じて増えていくためです。
税務署に相談するときは、事前に電話で日時を伝えておくと、持参する資料も案内してもらえます。猶予の申請は税理士に代理を頼むこともできるので、顧問税理士がいれば資金繰りの見通しとあわせて早めに共有しましょう。金融機関からの借入れや経営者保証、複数の債権者への対応が絡むなら、弁護士の助言も必要です。
猶予の申請書には、猶予を受けたい金額に応じて「財産収支状況書」(100万円以下)か、「財産目録」と「収支の明細書」(100万円超)を添えます。審査では収支や手元資金の状況を確かめられることがあるため、元帳や売上帳、現金出納帳や預金通帳を準備しておくと、相談がスムーズに進みます。
売却や引継ぎの相手探しは、国が設置する公的な相談窓口である事業承継・引継ぎ支援センターでも相談できます。当窓口でも、滞納を含めた現状を伺って論点を整理し、状況に合う専門家や公的な窓口をご案内しています。
- 1届いている督促状や通知をそろえ、税目ごとの滞納額と納期限を一覧にする
- 2税務署(徴収担当)・自治体・年金事務所に連絡し、猶予や分割での納付を相談する
- 3税理士と、資金繰り・納付計画・売却した場合の税金の見通しを立てる
- 4借入れや保証、法的な整理が絡む場合は弁護士に相談する
- 5売却・引継ぎ・廃業の方向性を、公的な窓口や当窓口に状況を伝えて検討する
よくある質問
Q. 猶予を受けていると、会社の売却で不利になりますか?
A. 猶予は法律に基づく正規の手続きです。猶予中の国税は、納税証明書(その1)に猶予中である旨が記載され、「未納の税額がないこと」の証明(その3)はその税目について発行されないため、買い手には経緯と納付の計画を説明することになります。許可の通知や、分割で納めてきた記録をすぐに示せるようにしておきましょう。
Q. 猶予を受ければ、税金の一部が免除されるのですか?
A. いいえ。猶予は、期限の後に分割などで納められるようにする制度で、税金そのものが免除されたり、すでに納めた税金が戻ってきたりするものではありません。負担が軽くなるのは、猶予期間中の延滞税が軽減・免除される部分です。
Q. 黒字なのに資金が足りません。それでも猶予を受けられますか?
A. 国税庁は、損益が黒字であっても、要件を満たせば猶予を受けられるとしています。「一時に納付が困難」かどうかは、手元の資金から当面の資金繰りに必要な額を差し引いた金額が、納めるべき税額に足りるかどうかで判断されます。
Q. 顧問税理士がいなくても、猶予の申請はできますか?
A. できます。申請書の書き方が分からなければ、所轄の税務署の徴収担当に電話で尋ねると案内を受けられます。ただ、売却や廃業を考える段階では、譲渡にかかる税金や納付計画の試算が欠かせないため、税理士に関わってもらうことをおすすめします。
参考にした公的な情報
- 国税庁「納税に関する総合案内(猶予制度の概要・滞納処分の流れ)」 https://www.nta.go.jp/taxes/nozei/annai/index.htm
- 国税庁「国税の納税の猶予制度FAQ(令和6年11月)」 https://www.nta.go.jp/taxes/nozei/nofu_konnan/pdf/0021001-141_05.pdf
- e-Gov法令検索「国税徴収法」 https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000147
- e-Gov法令検索「会社法」 https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」 https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline.html
- 中小企業基盤整備機構「事業承継・引継ぎ支援センター」 https://shoukei.smrj.go.jp/center/
※ 本記事は一般的な情報提供であり、個別の状況についての税務・法務・会計の判断ではありません。具体的な判断は、税理士・弁護士などの専門家や公的な窓口にご確認ください。 当窓口は、ご相談の内容に応じて専門家や公的な相談窓口をご案内・ご紹介します(ご相談の仕組みと紹介の方針)。