先に結論
従業員承継(MBO・EBO)は、事業を熟知した人に託せる一方、後継者に株式の買取資金が足りないことが多く、経営者保証の引き継ぎも課題になりがちです。公的な融資や信用保証、ファンド、保証を二重に求めない「特則」などの仕組みがあるため、早めに候補者の意思を確かめ、税理士や金融機関と資金・保証の計画を立てて段階的に進めるのが一般的です。
この記事のポイント
従業員承継(MBO・EBO)とは
従業員承継は、親族ではない役員や従業員に会社を引き継ぐ方法です。経営陣が株式を取得して経営権を得る形をMBO(マネジメント・バイアウト)、従業員が引き継ぐ形をEBO(エンプロイー・バイアウト)と呼ぶこともあります。
引き継ぐのは社長の肩書きだけではありません。会社の所有(株式)と経営(代表者としての責任)の両方をどう渡すかを決める必要があり、ここに資金や保証、税の問題が関わってきます。中小機構の資料では、利点と課題が次のように整理されています。
従業員承継の利点
- 親族に適任者がいなくても候補者を確保しやすい
- 業務に精通しているため、社内外の理解を得やすい
乗り越える課題
- 株式を取得する資金が足りないことが多い
- 経営者保証の引き継ぎが難しい
- 親族内承継より心情的に受け入れられにくい場合がある
最初の壁:株式の買取資金をどう用意するか
中小機構の資料によると、親族でない経営陣や従業員には、株式を取得するための十分な自己資金がないケースが多いとされています。価格の決め方にも注意が必要で、個人から時価より著しく低い価額で財産を譲り受けると、時価との差額は贈与を受けたものとみなされます(国税庁タックスアンサーNo.4423)。
非上場の株式には市場の値段がないため、どの方法で評価するかによって金額が大きく変わることがあります。「長年支えてくれた社員だから安く譲りたい」という場合も、株価の算定と税の扱いは税理士に確認し、後継者が無理なく払える金額と時期を一緒に考えることが大切です。
資金の用意には主に次のような方法があり、会社の返済余力と後継者個人の負担の両方を見ながら組み合わせます。受け皿会社(SPC)を使う方法は、受け皿会社が借入などで資金を用意して株式を取得する形です。なお、公的な認定を受けても、融資を受けられるかどうかは金融機関の審査しだいです。
- 金融機関の融資や投資会社の出資(経営陣の能力や事業の将来性を踏まえて判断される)
- 受け皿会社(SPC)を設立し、その会社が株式を取得する方法
- 経営承継円滑化法の認定を前提とした、日本政策金融公庫の後継者個人向け融資
- 同法の認定による、信用保証協会の通常とは別枠の保証
- 中小機構のファンド事業の活用(MBOを含む事業承継に対応)
贈与で引き継ぐなら:事業承継税制の概要
株式を買い取らず、贈与や相続で引き継ぐ場合には、「法人版事業承継税制」を使える可能性があります。経営承継円滑化法に基づく都道府県知事の認定などの要件を満たすと、後継者が取得した非上場株式にかかる贈与税・相続税の納税が猶予され、一定の場合には免除される制度です。
中小企業庁によると、特例措置では親族外を含むすべての株主から、代表者である後継者(最大3人)への贈与・相続が対象です。利用には「特例承継計画」を令和9年(2027年)9月30日までに都道府県へ提出し、同年12月31日までに贈与・相続を行う必要があり、計画には認定経営革新等支援機関の指導・助言も求められます。
特例承継計画を出さない場合は「一般措置」の適用となります。中小機構の資料によると、一般措置では対象となる株式数や猶予される割合に上限があり、対象となる後継者も1人に限られるなど、特例措置より条件が限られます。
この制度は贈与・相続にかかる税の猶予なので、後継者が株式を買い取る場合には関係しません。要件は細かく、認定後も毎年の報告などが続くため、使うかどうかは税理士と早めに検討してください。
二つ目の壁:経営者保証の引き継ぎ
会社の借入に経営者が個人保証をしている場合、それを後継者がどう引き受けるかは大きな問題です。将来の返済負担を心配して、候補者が引き受けをためらう原因にもなります。
日本商工会議所と全国銀行協会を事務局とする研究会は、「事業承継時に焦点を当てた『経営者保証に関するガイドライン』の特則」を公表しています。そこでは、前経営者と後継者の双方から保証を取る「二重徴求」を原則として行わないこと、後継者との保証契約は事業承継の妨げになり得ることを考慮して柔軟に判断すること、前経営者の保証も適切に見直すことなどが示されています。
信用保証協会の「事業承継特別保証」のように、経営者保証を不要とする制度もあります。中小企業庁の説明によると、ガイドラインは、会社と経営者の資産やお金のやりとりの分離、財務基盤の強化、財務情報の適時の開示という3つの要件を挙げており、これらを満たせば、保証なしの融資や既存の保証の見直しにつながる可能性があります。ただし、保証を解除するかは最終的に金融機関が判断するため、要件に沿った準備を早めに進めておくことが大切です。
見落としやすい調整ごと
経営者以外にも株主がいる場合は、その株式をどう集めるかも課題になります。後継者が親族でなくても使える遺留分に関する民法の特例や、行方の分からない株主の株式を取得する手続きにかかる期間を短くする会社法の特例も用意されています(中小企業庁)。株主が多い場合や、実態のない名義だけの株主がいる場合は、早めに整理しておくと承継が進めやすくなります。
候補者本人の覚悟も欠かせません。中小機構の資料は、従業員はもともと経営のリスクを負う前提で働いてきたわけではないため、早めに打診して本人の明確な了解を得るよう勧めています。ほかの従業員や親族への伝え方とタイミングも、あわせて考えておきましょう。
引き継ぐべきものは、株式や肩書きだけではありません。中小機構の資料では、取引先や金融機関との関係の維持、技術・ノウハウの承継といった目に見えにくい資産の引き継ぎも課題として挙げられています。取引先へのあいさつに同行する、判断の場面を少しずつ任せていくなど、時間をかけて段階的に移していくことが大切です。
ほかの従業員への伝え方
同じ職場で働いてきた人が経営者になることに、ほかの従業員が戸惑うこともあります。中小機構の資料も、従業員承継は親族内承継と比べて、関係者から心情的に受け入れられにくい場合があるとしています。
方針が固まった段階で、なぜその人に託すのか、会社の方針や働き方はどうなるのかを、経営者自身の言葉で説明することが受け入れてもらう助けになります。後継者一人に説明を任せず、前経営者が後押しする姿勢を見せることも大切です。株式を引き継いで代表者が交代しても、従業員が雇われている会社そのものは変わらないことも、あわせて伝えておくと安心につながります。
つまずかないための進め方
親族内承継や従業員承継の計画づくりは、都道府県ごとにある事業承継・引継ぎ支援センターが原則無料で手伝っています。後継者の育成には、中小企業大学校の経営後継者研修のような公的な研修もあります(中小企業庁)。
資金は取引金融機関や日本政策金融公庫、税は税理士、契約や保証をめぐる金融機関との調整は弁護士というように、論点ごとに相談先を使い分けると進めやすくなります。中長期の経営計画に承継の時期や具体的な対策を盛り込んだ「事業承継計画」をまとめておくと、後継者や金融機関と見通しを共有しやすくなります。
資金・保証・税はどれも時間のかかる論点なので、同時並行で少しずつ進めるのが現実的です。一般的には次のような流れになります。
- 1候補者の意思を確かめ、引き継ぐ時期の目安を共有する
- 2株主構成・借入・個人保証・株価の目安を把握する
- 3買い取りか贈与かを決め、資金計画と税の扱いを税理士と詰める
- 4取引金融機関に、保証と融資について相談する
- 5代表権や決裁の権限を段階的に移し、契約・登記を行う
よくある質問
Q. 社長は従業員に譲り、株式は当面自分が持ち続けてもよいですか。
A. 可能ですが、所有と経営が分かれた状態が長く続くと、後継者が思い切った判断をしにくくなったり、相続の際に株式が分散したりするおそれがあります。中小機構の資料でも、経営権の委譲が進まないことで生じるトラブルの例が紹介されています。株式をいつ、どの方法で移すかを、あらかじめ計画に盛り込んでおきましょう。
Q. 後継者候補の社員に、保証人になるのは不安だと言われました。
A. 無理もない反応です。経営者保証に関するガイドラインでは、要件の満たし具合に応じて、金融機関が保証を求めないことや、特約に違反しない限り保証の効力が生じない「停止条件付保証契約」などの代わりの手法を検討するとされています(中小企業庁)。会社側の準備状況を整理したうえで、取引金融機関に相談してみましょう。
Q. 引き継ぎの途中で後継者が辞退したら、どうなりますか。
A. 辞退されることもあり得るため、計画の途中でも第三者承継などの別の道を並行して確かめておくと安心です。事業承継・引継ぎ支援センターは親族内・従業員承継と第三者承継の両方に対応しているので、方針を切り替える場合も続けて相談できます。
参考にした公的な情報
- 中小企業庁「法人版事業承継税制(特例措置)」 https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu_zouyo_souzoku.html
- 中小企業庁「事業承継の支援策」 https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/business_succession_support_measures.html
- 中小企業庁「事業承継に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドライン」の特則が公表されました」 https://www.chusho.meti.go.jp/kinyu/keieihosyou/191225jigyoshokei.html
- 中小企業庁「経営者保証」 https://www.chusho.meti.go.jp/kinyu/keieihosyou/index.html
- 国税庁「No.4423 個人から著しく低い価額で財産を譲り受けたとき」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/zoyo/4423.htm
- 中小企業基盤整備機構「中小企業経営者のための事業承継対策(令和8年度版)」 https://www.smrj.go.jp/sme/succession/succession/supporter/index.html
※ 本記事は一般的な情報提供であり、個別の状況についての税務・法務・会計の判断ではありません。具体的な判断は、税理士・弁護士などの専門家や公的な窓口にご確認ください。 当窓口は、ご相談の内容に応じて専門家や公的な相談窓口をご案内・ご紹介します(ご相談の仕組みと紹介の方針)。