先に結論
社会保険料を滞納したら、まず管轄の年金事務所に相談し、「換価の猶予」や「納付の猶予」を使えるかを確かめるのが第一歩です。会社の売却を検討することもできますが、滞納は会社に残るため、買い手は納付の状況とあわせて、加入や届出が正しく行われているかを確認します。従業員の年金の記録に関わる届出を正しく出しておくことも、売却の前提として大切です。
この記事のポイント
まず年金事務所へ:「換価の猶予」と「納付の猶予」
厚生年金保険料や健康保険料を期限までに納められないとき、日本年金機構は、早めに管轄の年金事務所へ相談するよう呼びかけています。猶予を受けずに納付期限を過ぎると督促状が届き、その指定期限も過ぎれば延滞金がかかるためです。一定の要件を満たせば、事業主が申請することで「換価の猶予」や「納付の猶予」を受けられます。
「換価の猶予」は、保険料を一時に納めると事業の継続や生活の維持が難しくなるおそれがあり、納付に誠実な意思があると認められる場合の制度で、納期限から6カ月以内に申請します。認められれば1年以内の範囲での分割納付となり、猶予期間中の延滞金の一部が免除されるほか、財産の差押えや換価(売却)も待ってもらえます。ただし、申請する月以外の保険料も滞納していると、原則として認められません。
「納付の猶予」は、災害や盗難、事業の廃止・休止、事業の著しい損失などで一時に納められない場合に、年金事務所を経由して地方厚生(支)局長へ申請する制度です。「著しい損失」とは、申請前の1年間に、その前年の利益の額の2分の1を超える損失が生じた場合をいいます。認められると、猶予期間中の延滞金の全部または一部が免除されます。
申請書には、猶予を受けたい金額が100万円以下なら「財産収支状況書」を、100万円を超えるなら「財産目録」と「収支の明細書」を添えます。原則として担保が必要ですが、100万円以下の場合、猶予期間が3カ月以内の場合、担保にできる財産がない場合などは不要です。
許可されると「猶予許可通知書」が届き、そこに書かれた分割納付の計画どおりに納めていくことになります。猶予期間は、財産や収支の状況から最も早く完納できると認められる期間に限られ、やむを得ない理由があれば当初と合わせて最長2年まで延長できます。一方で、計画どおりに納めなかったり、新たに納めるべき保険料を滞納したりすると、猶予が取り消されることがあります。
相談せずに放置すると、どう進むのか
厚生年金保険料や健康保険料などは翌月末が納付期限で、日本年金機構(年金事務所)が徴収しています。保険料は従業員と会社が半分ずつ負担しますが、従業員の分も含めて納める義務を負うのは事業主で、従業員の分は給与から差し引くことが認められています(厚生年金保険法82条・84条)。
期限を過ぎると、電話や文書、事業所への訪問による納付の呼びかけ(納付督励)があり、督促状が届きます。督促状で指定される期限は督促状を発する日から10日以上先の日とされ、それまでに完納しないと、延滞金がかかるうえ、滞納処分の手続きに入ります。滞納処分は国税の滞納処分の例によって行われます(厚生年金保険法86条)。
滞納処分では、取引している金融機関の預金残高や、取引先への売掛金、不動産などが調べられ、必要に応じて差し押さえられます。預金や売掛金は取り立てられ、不動産などは公売で現金に換えて保険料にあてられます。納付の指導に従わないなど悪質な場合は、国税庁に徴収が委任される仕組みもあります。
会社を売るとき、社会保険料の滞納はどう扱われるか
株式譲渡で会社ごと引き継ぐ場合、雇い主である会社は変わらないため、従業員の雇用はそのまま続き、未納の保険料と延滞金も会社に残ります。買い手は滞納額と年金事務所との納付計画を確かめたうえで、その扱いを価格や支払いの条件に織り込むことになります。
事業譲渡なら、滞納は譲り渡した側の会社の債務として残ります。従業員に買い手の会社へ移ってもらうには、従業員一人ひとりの承諾が必要で、厚生労働省の事業譲渡等指針は、会社が労働者の真意による承諾を得ることなどの留意点を定めています。
どちらの売り方でも、滞納を解消する見通しが立っていることは、話し合いを進めるうえでの大切な材料になります。猶予を受けて計画どおりに納めている場合は、猶予許可通知書と納付の実績を手元にそろえておくと、状況を説明しやすくなります。
買い手が確認すること
買い手側がまず確かめるのは、社会保険料の納付状況を示す書類です。日本年金機構は、事業主の申請にもとづき、直近2年以内の期間については「社会保険料納入証明書」、それ以外は「社会保険料納入確認書」を発行しています。どちらも未納の有無を示す一括用と月ごとの内訳を示す明細用があり、猶予を受けている場合は猶予期間なども表示されます。郵送で申請すると受付後3営業日程度で発行されますが、収納の記録の反映に日数がかかり発行が遅れる場合もあるため、売却の相談を始めたら早めに取り寄せておくと安心です。
もう一つ確かめられるのが、加入の手続きや報酬の届出に漏れや誤りがないかです。届出が遅れた結果、過去の月の保険料がさかのぼって発生することがあり、日本年金機構の納付の猶予にも、そうした場合を対象にしたものがあります。まだ表に出ていない保険料がないかは、買い手が慎重に見るところです。
- 納入証明書(または納入確認書)で未納の有無と月ごとの内訳
- 滞納額・延滞金と、年金事務所との納付計画や猶予の状況
- 加入すべき人の資格取得の届出が漏れていないか
- 報酬や賞与の届出が、実際の支給額と合っているか
- 給与から差し引いた保険料と、実際に納めた額が対応しているか
- 労働保険料(労災保険・雇用保険)の申告・納付の状況
従業員への影響をどう考えるか
会社(事業主)には、従業員の厚生年金の資格の取得・喪失や、報酬月額・賞与額を届け出る義務があります(厚生年金保険法27条)。老齢厚生年金の額は標準報酬月額と標準賞与額をもとに計算されるため(43条)、報酬や賞与の届出が実際より少なければ、従業員の将来の年金額にも関わります。同法には、資格取得の届出がされた後であれば、保険料を徴収する権利が時効で消えても、その期間は年金の給付の対象から外れないという定めもあります(75条)。滞納の解消と同じくらい、届出に漏れがないかを確かめることが大切です。
給与から差し引いた保険料を会社が納めていない状態は、従業員との信頼関係を大きく損ないます。差押えで預金や売掛金が動かせなくなれば、給与の支払いそのものに影響が出るおそれもあります。早めに年金事務所へ相談して納付の計画を立てることは、従業員の生活と事業の両方を守ることにつながります。
事業譲渡で従業員が移る場合も、元の会社の滞納は元の会社に残ります。移ることに不安を感じる従業員もいるため、条件や手続きを丁寧に説明し、納得したうえで承諾してもらうことが、指針の趣旨に沿った進め方です。
相談先を分けて、同時に動く
保険料の納付の相談は、管轄の年金事務所が窓口です。健康保険組合に加入している会社は、健康保険料の扱いを組合にも確認しておきましょう。届出の見直しは社会保険労務士、資金繰りや税金との兼ね合いは税理士が相談相手になります。
猶予の申請書類の書き方など、制度について分からないことは年金事務所に問い合わせられます。税金の滞納も重なっている場合や、会社の売却・引継ぎを具体的に考え始めた場合の相談の順番は、税金の滞納がある会社の売却について解説した記事で整理しています。
よくある質問
Q. 督促状の指定期限を過ぎてしまいました。今からでも相談できますか?
A. 相談できます。日本年金機構は、事業所の実情によっては分割での納付を認め、早期に完納される場合は指定期限を過ぎても滞納処分を猶予するとしています(この場合も延滞金はかかります)。換価の猶予には納期限から6カ月以内という申請期限もあるため、早めに年金事務所へ連絡してください。
Q. 個人事業主でも、同じ猶予の制度を使えますか?
A. 個人事業主の事業所でも、厚生年金保険料などを納めている場合は猶予の制度の対象です。納付の猶予では、個人事業主やその生計を一にする親族が病気にかかったり負傷したりした場合も対象に含まれています。
Q. 延滞金の割合はどのくらいですか?
A. 令和8年の場合、納付期限の翌日から3カ月を経過する日までは年2.8%、その翌日以降は年9.1%です。督促状の指定期限までに納めれば延滞金はかかりませんが、それを過ぎて納めると、納付期限の翌日から納めた日の前日までの日数に応じて計算されます。
参考にした公的な情報
- 日本年金機構「厚生年金保険料等の猶予制度の概要」 https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/hokenryo/nofu/kankayuyo.files/gaiyo.pdf
- 日本年金機構「日本年金機構の取り組み(保険料徴収)」 https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/info/torikumi/20120820.html
- 日本年金機構「延滞金について」 https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/hokenryo/nofu/20141219-02.html
- 日本年金機構「納入証明書・納入確認書」 https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/hokenryo/nofu/20140311.html
- e-Gov法令検索「厚生年金保険法」 https://laws.e-gov.go.jp/law/329AC0000000115
- 厚生労働省「企業組織の再編(会社分割等)に伴う労使関係(労働契約の承継等)について」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudouseisaku/saihen/index.html
※ 本記事は一般的な情報提供であり、個別の状況についての税務・法務・会計の判断ではありません。具体的な判断は、税理士・弁護士などの専門家や公的な窓口にご確認ください。 当窓口は、ご相談の内容に応じて専門家や公的な相談窓口をご案内・ご紹介します(ご相談の仕組みと紹介の方針)。