先に結論
廃業では、資産を処分したお金から借入の返済と、原状回復・従業員対応・清算手続きなどの費用を差し引いたものが残り、経営者の個人保証も自動では消えません。売却では、譲渡対価に加えて雇用や取引の継続、保証の解除につながる可能性がある一方、相手が見つからないこともあります。どちらが有利かは会社ごとに異なるため、両方の見込みを税金や保証まで含めて並べて比べることが大切です。
この記事のポイント
比べる前に:「手元に残るお金」は何で決まるか
廃業の場合に手元に残るのは、会社の資産を処分して得たお金から、借入などの債務と廃業にかかる費用を支払った残りです。財産が残れば株主に分配されますが、足りなければ、経営者個人の連帯保証を通じて個人の財産にも影響が及びます。
売却の場合は、株式を譲渡すれば対価は株主(多くは経営者)に入り、事業を譲渡すれば対価はいったん会社に入ります。いずれも、仲介会社などへの手数料や税金を差し引いた額で考える必要があり、譲渡対価はクロージング(決済)を迎えて初めて支払われるのが通常です(中小M&Aガイドライン)。
赤字の会社でも、比べ方は同じです。中小M&Aガイドライン(第3版)によれば、赤字や債務超過であっても、買い手が事業の価値を認めて譲り受けを申し出ることはあり得ます。「赤字だから比べるまでもない」と決めつけないことが大切です。
廃業にかかる主な費用
廃業は「やめるだけ」ではなく、出ていくお金があります。たとえば従業員を解雇する場合、労働基準法は原則として少なくとも30日前の予告か、30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)の支払いを求めており、退職金の規程があればその支払いも必要です。事務所や店舗を借りている場合は、契約で定められた解約予告の期間や原状回復の範囲も確かめておきましょう。
在庫や設備も、帳簿上の金額で処分できるとは限らず、期限が迫ってから処分すると不利な条件になりやすいものです。買掛金などの支払いを済ませられないまま廃業すれば、取引先にも損失が及びます。金額は会社の規模や契約の内容で大きく変わるため、次のような項目ごとに見積もりを取るところから始めましょう。
- 借りている店舗・事務所・工場の原状回復費
- 在庫や設備の処分費
- 従業員への解雇予告手当や、規程に基づく退職金
- リースなど各種契約の中途解約に伴う精算金
- 解散・清算の登記や官報公告、税務申告などの手続費用と専門家への報酬
- 借入金の返済(会社で返しきれない分は保証人に請求される可能性)
売却で得られうるお金と、かからずに済む費用
売却(第三者への承継)で得られうるものは、譲渡対価だけではありません。設備や在庫、取引先との関係などがまとめて引き継がれれば、廃業で生じる処分費や原状回復費の多くがかからずに済む可能性もあります。個別に処分すれば安くなりがちな設備や在庫も、事業の一部として評価されることがあります。
一方で、M&Aの支援機関に支払う手数料がかかります。買い手の調査では財務や法務などの状況が確認され、未払いの残業代のような帳簿に表れない債務が見つかれば、価格や条件に反映されることもあります(中小M&Aガイドライン)。受け取る対価だけを見るのではなく、差し引かれるものも含めた「手取り」で考えることが大切です。
雇用・取引先・保証への影響
従業員の雇用継続を条件に交渉したり、取引先との取引を途切れさせずに引き継いだりできれば、関係者への影響も小さくできます。中小M&Aガイドラインは、早い段階でM&Aを実現すれば、雇用の確保や地域の取引網(サプライチェーン)の維持につながると述べています。同ガイドラインが最終契約の主な取り決め事項として挙げる中には、役職員の処遇(雇用継続の努力義務など)も含まれます。
廃業の場合、取引先は仕入先や販売先を失い、代わりを探す必要に迫られます。売却によって取引が続けば、取引先の負担も小さくなり、地域の中での事業のつながりも保たれます。
経営者個人の連帯保証を外せる可能性もありますが、会社を売っただけでは自動的には外れません。同ガイドラインは、最終契約で保証の解除や引き継ぎを買い手の義務として定め、クロージングの条件にしたり、実現しなかった場合の解除や補償の条項を設けたりすることを検討すべきとしており、保証を移す約束を守らない買い手の存在も指摘しています。
廃業する
- 原状回復・処分・清算の費用が出ていく
- 在庫や設備は処分価格になりやすい
- 会社で返せない借入は保証人に及ぶ
- 雇用や取引はその時点で終わる
売却する(成立した場合)
- 譲渡対価を受け取れる可能性がある
- 設備や取引関係を事業ごと引き継いでもらえることがある
- 雇用の継続を条件に交渉できる
- 保証の解除・引き継ぎを契約で求められる
税金の違いも手元の額を左右する
会社を清算して残った財産を株主が受け取る場合、その一部は「みなし配当」として配当所得の扱いになり、残りが株式の譲渡所得等として扱われます(国税庁タックスアンサーNo.1536)。株式を売却した場合とは課税の仕組みが異なるため、同じ金額に見えても税引き後の手取りは変わり得ます。
事業譲渡では対価をいったん会社が受け取るため、譲渡益が出れば会社の段階で法人税などの対象になり、株主の手元に届くのはその後の清算などを経てからです。どの方法でいくら残るかは個別の事情で大きく異なるので、試算は税理士や税務署に確認してください。
小規模企業共済に加入している場合は、辞め方によって受け取る共済金の区分も変わります。中小機構の案内では、会社の解散は「共済金A」、65歳以上での役員退任は「共済金B」、65歳未満で病気・けが以外の理由による退任は「準共済金」とされています。
個人保証は、どちらの道でも早めに手当てを
廃業する場合でも、保証の問題に打つ手がないわけではありません。中小企業庁によると、「経営者保証に関するガイドライン」の活用によって、会社が廃業しても保証人は破産手続を回避し得ることが知られるようになってきました。2023年には廃業時の運用に関する「基本的考え方」が改定され、廃業の手続きに早く着手することが、保証人の手元に残る資産を増やすことにつながる可能性があると明確にされています。
売却を選ぶ場合は、保証の扱いを最終契約に明確に書き込むことに加え、弁護士や事業承継・引継ぎ支援センター、保証先の金融機関に事前に相談することもできます(中小M&Aガイドライン)。金融機関への事前相談は、秘密保持に配慮して行うことが望ましいとされています。どちらの道でも、保証の扱いは早い段階で専門家に相談しておくと、選べる手が広がります。
比べ方の手順
会社全体の売却が難しくても、利益の出ている一部の事業だけを先に譲る方法もあります。中小M&Aガイドラインが紹介する事例の中には、事業の一部を譲渡し、その対価で残りの事業の廃業費用をまかなった例も含まれています。
廃業を決めた後に使える制度として、事業承継・M&A補助金の「廃業・再チャレンジ枠」もあります。単独で申請する場合は、売り手としてM&Aに3か月以上取り組んだうえで廃業し、その後に新たな事業や就職などの再チャレンジに取り組むことなどが要件で、廃業登記や在庫処分、解体、原状回復などの費用の一部が補助の対象になります。支払った後に精算される仕組みで、要件は公募回ごとに見直される点にも注意が必要です。
売却には相手探しから決済まで時間がかかるため、その間の資金繰りも見込んでおく必要があります。いつまでに売却のめどが立たなければ廃業に切り替えるか、という期限を先に決めておくと、判断がぶれにくくなります。
廃業と売却は、どちらかを先に決めてから考えるのではなく、同じ時期に見積もって並べるのが基本です。次の順で整理すると、判断の材料がそろいます。
- 1廃業した場合の収支を見積もる(資産の処分見込み・負債・廃業費用)
- 2売却の可能性を確かめる(公的窓口や専門家に相談)
- 3一部の事業だけを譲る方法も検討する
- 4税金と個人保証の扱いを、税理士・弁護士に確認する
- 5判断の期限を決め、両方の見込みを並べて比べる
よくある質問
Q. 廃業の費用は、だいたいいくらかかりますか。
A. 会社の規模、借りている物件の契約内容、在庫や設備の量、従業員の人数などによって大きく異なるため、一律の目安はありません。原状回復は貸主や工事業者、清算の手続きは司法書士や税理士というように、項目ごとに見積もりを取って積み上げていくのが現実的です。
Q. 赤字続きの会社でも、売却と比べる意味はありますか。
A. あります。買い手は過去の利益だけでなく、技術や取引先、人材、許認可なども見て評価するため、赤字でも関心を持つ相手がいる可能性があります。ただし相手が見つからないこともあるため、廃業の準備と並行して確かめるのが現実的です。
Q. 廃業と売却の比較は、誰に相談すればよいですか。
A. 売却の可能性は事業承継・引継ぎ支援センター(原則無料)やM&A支援機関、税金は税理士や税務署、個人保証や債務の整理は弁護士や中小企業活性化協議会が主な相談先です。当窓口にご相談いただければ、どこから当たればよいかの整理と、相談先のご案内をいたします。
参考にした公的な情報
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」 https://www.meti.go.jp/files/900016275.pdf
- e-Gov法令検索(デジタル庁)「労働基準法(第20条 解雇の予告)」 https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049
- 中小企業庁「「廃業時における『経営者保証に関するガイドライン』の基本的考え方」の改定について」 https://www.chusho.meti.go.jp/kinyu/keieihosyou/2023/231122.html
- 国税庁「No.1536 株式等に係る譲渡所得等の収入金額とみなされる場合」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1536.htm
- 事業承継・M&A補助金事務局「事業承継・M&A補助金 16次公募 廃業・再チャレンジ よくある質問」 https://shoukei-mahojokin.go.jp/r7h/16-challenge_faq/
- 中小企業基盤整備機構「役員退任時にいくら受け取れる?小規模企業共済の共済金について」 https://skyosai.smrj.go.jp/skyosai-yakuin-tainin/
※ 本記事は一般的な情報提供であり、個別の状況についての税務・法務・会計の判断ではありません。具体的な判断は、税理士・弁護士などの専門家や公的な窓口にご確認ください。 当窓口は、ご相談の内容に応じて専門家や公的な相談窓口をご案内・ご紹介します(ご相談の仕組みと紹介の方針)。